—— リンゴ酸→乳酸で何が変わる?

リード文
ワイン醸造における“第2の発酵”、それが**マロラクティック発酵(MLF)**です。
果実に含まれるシャープなリンゴ酸が、よりまろやかな乳酸へと変化することで、
味わい・香り・安定性のすべてに影響を及ぼします。
今回は、MLFの科学的プロセスと味覚的変化を、上級者向けに掘り下げます。
1. MLFとは何か?—— 化学反応の正体
マロラクティック発酵(Malolactic Fermentation, MLF)は、
**乳酸菌(Oenococcus oeni など)**がリンゴ酸を乳酸に変換する生化学反応です。
C4H6O5(リンゴ酸) → C3H6O3(乳酸) + CO2(二酸化炭素)
この反応によって、酸味の角が取れ、味わいはより“丸み”を帯びます。
- リンゴ酸:2価酸で鋭い酸味(青リンゴ様)
- 乳酸:1価酸で柔らかい酸味(ヨーグルト様)
結果として、ワインのpHがわずかに上昇し、
口当たりが柔らかく、全体に温かみのある印象へと変化します。
2. MLFがもたらす味覚変化
| 要素 | 変化の方向 | 代表的な例 |
|---|---|---|
| 酸味 | シャープ → ソフト | シャブリ(MLFなし) vs コート・ド・ボーヌ(MLFあり) |
| 口当たり | 緊張感 → まろやか | 樽熟と組み合わせるとクリーミーな質感 |
| 香り | 果実香 → 乳製品系 | バター、ヘーゼルナッツ、ブリオッシュ |
| バランス | 高酸 → 滑らか | 酸とアルコールの調和が取れる |
MLFによって生じる**ジアセチル(diacetyl)**が、
いわゆる「バター香」や「トースト香」の主因となります。
特にシャルドネやピノ・ノワールで、この香りはスタイルを決定づける要素です。
3. 安定性への影響——微生物学的側面
MLFには、味わい以上に重要なもう一つの役割があります。
それは微生物的安定性の向上です。
未実施のワインでは、瓶内で偶発的にMLFが起こるリスクがあり、
濁りや炭酸ガス発生などのトラブルの原因となります。
そのため、醸造家は以下のいずれかを選びます。
- MLFを意図的に完了させ、安定化を確保
- SO₂添加・冷却によりMLFを抑制
この選択が、スタイルの根幹を決めることになります。
4. MLFの管理——温度・pH・SO₂の関係
| パラメータ | 適正条件 | 備考 |
|---|---|---|
| 温度 | 18〜22℃ | 低すぎると乳酸菌活動が停止 |
| pH | 3.3〜3.5 | 酸が高すぎると発酵停滞 |
| SO₂ | 20mg/L以下 | 過剰だと乳酸菌死滅 |
| 栄養源 | アミノ酸・ビタミン | 酵母残渣が栄養供給源になる |
発酵後のシュール・リー(Sur Lie)熟成を組み合わせることで、
まろやかさと旨味がさらに増すケースも多く見られます。
5. MLFを行うワイン、行わないワイン
| MLF実施 | 代表スタイル | 理由 |
|---|---|---|
| 実施する | ブルゴーニュ白、赤ワイン全般 | 酸の柔軟化と香味の複雑化 |
| 実施しない | シャブリ、スパークリング | 鋭い酸を保持して清涼感を重視 |
| 部分的実施 | シャンパーニュ・ブレンド | キュヴェごとに酸バランスを調整 |
6. テイスティングでの見分け方
MLFを経たワインは、以下のような特徴を持ちます。
- 酸味がやや穏やか
- バター・クリーム・乳製品系の香り
- 舌触りが滑らか
- 若干のCO₂欠如(発泡性なし)
逆に、MLFを行っていないワインは、
フレッシュで張りのある酸が特徴です。
まとめ
- MLFは、味覚と安定性の両面を変える「第2の発酵」。
- リンゴ酸→乳酸への変換で、口当たりが柔らかく、pHが上昇。
- バター香(ジアセチル)や旨味の発現に寄与。
- 管理条件(温度・pH・SO₂)次第で成否が決まる。
- 醸造家は、ワインスタイルに応じてMLFを選択している。
次回予告
次回は、**「樽熟成とMLFの相乗効果」**をテーマに、
オーク樽内で起こる微生物活動と香りの変化を徹底解析します。
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